ある夏の日、焦心苦慮する天使の話
窓から差し込む夕陽が、空っぽの棚と簡易な形の寝台、いくつかの袋を橙色に染めていた。
灰色の翼を持つ少女は袋の傍らにしゃがみこんでいて、そしてぽつりと呟くように言った。
「ねえ、ラグ」
「何だ、リィ?」
「……ロウ、無事かなあ」
「……ああ」
少女と同じ灰色の翼の青年は作業をする手を止めた。隣に座る少女の方に向き直り、落ち着いた声音を返す。
「ロウはあの年で神の槍≠ノなった奴だ。いくら俺たちが避難しなきゃいけないような状態になったとしても、神の槍≠ェ何とかしてくれるだろう。俺は彼らを信じてる」
それを聞いた少女は、一瞬その翼を含め全身を震わせ、顔を伏せる。けれどすぐに顔をあげ、気丈に笑みを見せた。
「……うん、そうだよね。あたしたちが信じて、待っててあげなきゃね」
少女は大きな袋から箱を一つ取り出し、立ち上がって棚に収める。
青年は少女の一挙一動を眺め、ふと柔らかい微笑を浮かべた。
少女はそれには気づかず、再び袋に手を入れながら続ける。
「ロウが話してた、西の外れに一人で住んでるっていう子も、きっともうこっちに来てるよね。ロウがこっちに着いたら、その子も呼んで四人で遊びに行こう」
「遊びに? どこに行くつもりなんだ」
「風の丘まで飛んで行こうよ。ちょっと遠いけど、お昼を持っていって。隣に住むことになったおばさんが、夕陽が綺麗に見えるって言ってたよ」
「それは楽しみだな」
「うん。それで秋になったら三日月池に行って、冬になったらかまくらを作ろう。こっちは雪はそんなに降らないらしいけど、かまくらを作るくらいは大丈夫だよ、きっと。それから春にはお花見をして──」
少女の頭に、ぽんと青年の手が置かれた。不思議そうに少女が目線をあげたのが伝わってくるが、青年はそのままニ三回、連続して少女の頭を叩く。
「……ごめんね、ラグ」
肩を震わせながら少女が言う。
「何でお前が謝るんだよ」
静かな口調のまま青年が返す。
少女はふるふるふる、と首を左右に振った。
「どうして世界から、争いは無くならないんだろうね……」
か細い少女の声を捉えながら青年は答えず、ただ少女の灰色の翼をじっと見つめていた。
どうしてだろうな。
世界の誰もがお前のように優しかったなら、きっとこんなことにはならなかっただろうに。
そう思いながらも、口には出さない。ただ手の平の下のあまりにも小さな少女を見つめていた。
いつの間にか抜けた少女の羽と青年の羽が、寄り添うようにして床に横たわっていた。
落暉がそれらを赤く照らしていた。暗く寂しい夜を前にして最後の熱を分け与えようとするかのような、燃えるような赤だった。