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いつつの色




「ああ!? 表に出ろ、今日こそ叩きのめしてやる!」
「上等だ、返り討ちにしてやるよ」
 ガタガタと椅子を鳴らして、二人は喫茶店を出て行った。
 俺はため息を吐く。この光景にももう慣れてしまった。それは喫茶店のマスターも同じようで、カウンターの向こうで落ち着き払ったままカップを拭き続けていた。
「レ、レッドもブルーも、やめてよ……」
 仲良くしようよ、とカウンターから困惑の声がかけられる。声の主は、少女とも呼べるような細さの女性だ。くるくるふわふわとした髪にぱっちりとした両目、爪先は桜色に染められている。
「いいやんピンクちゃん、放っとこ。あいつらが気ぃ合わんのは初めて会ったときからや」
 その彼女に、テーブルに座っていた男が声をかけた。金髪の男はからからと笑う。
「イエローくん……」
「往来で喧嘩しとるレッドとブルーの馬鹿なんて無視、無視。そんなことより俺と愛について語り合わんか」
 ああ、こちらもまた始まった……。俺のことなど気にせずに繰り広げられるこの会話。マスターは相変わらず表情を変えない。さすがだ。さすがすぎる。
「そんな……あ、レッドとブルーは無事かなあ、またこの間みたいに」
「気にする必要ないわ。それよりピンクちゃん、その手ぇ可愛ええなー。自分でやったん?」
 口説きを続ける金髪、もとい黄髪。俺にはこの後の展開の予想がついている。
「てっめぇイエロオオォ!」
「何やってるんだお前」
 バターン、物凄い勢いで喫茶店の扉が開く。現れたるは店の前で喧嘩していた馬鹿二人だ。
「何やってるって、ピンクちゃんにデートを申し込んでたに決まってるやないか」
「なっ、デートだと!?」
「くっ……!」
 得意げな一人と、悔しげな二人。三人の間に火花が散る。先程の騒動よりさらに激しいことになりそうだ。
「や、やめてってば三人とも!」
 可愛らしい声で制止が入る。俺にはこの台詞の続きがオートで聞こえる。私のために争わないで!
 いがみ合う信号機三人と、その中心の紅一点。ああ、馬鹿らしい。
 そのとき、壁の鳩時計がパッポー、パッポーと鳴った。トリッキィな鳩が狂ったように時計を出たり入ったりする。時刻は午後二時二十六分。別にきりの良い時間ではない。
 四人に気づいた様子はなかった。……良いかな、無視しても。うん良いだろう、俺しか気づいてないなら黙ってればいいし、別にギャラが貰えるわけでもない。そうだ、そう考えるとこれは全くのボランティア、つまりはやれる時にやればいいのだ。やりたくなければやらなければいい。奉仕精神のないボランティアなどただの偽善だ。
 とんとん、と誰かが俺の肩を叩いた。
「グリーンさん」
 強張った首を回す。
「グリーンさん、お願いしますよ」
 カウンターの一番隅っこに座った俺の肩に、マスターが手を置いていた。表情は穏やかなまま。寧ろ良い笑顔をしている。
 ……うわあ。……うっわあ。これ、行かなきゃだめなのか? 内心で頭を抱える。正直に言わせてもらうと行きたくない。いや、いくら繕っても、行きたくないものには行きたくない。
「……場所は?」
 苦渋の色を隠しもしないで俺はマスターに聞く。
「駅前だそうです。駅前広場、あのテレビ局が夕方にいつも来ている」
「また人通りの多い……」
 俺は諦めることを選択した。分かった、出来うる限り早く終わらせて、早く帰ろう。そして愛犬を膝に置いてゆったり電話でもして慰めてもらうのだ。今日くらいは多少の愚痴も許されるだろう。
 立ち上がり、まだ喧嘩を続けている男三人、プラス女一人のもとへと向かう。
「敵が出たらしい、駅前に向かうから準備してくれ」
「グリーン……!」
 紅一点がきらきらと感動に満ちた視線を向けてくる。この状態を打破しそうなだけでこの目だ。いや、俺には効かないから止めてくれ、その上目遣い。
「っ、グリーン、そうだよな! 俺たちが一般市民を守らなくちゃなんねぇ!」
 馬鹿その一、熱血が声をあげる。というか今更だが、お前、一応この五人のリーダーだろう。何で俺が声をかけるまで気づかないんだ。
「一旦停戦だ、早く向かうぞ」
 馬鹿その二、冷静も言う。ちなみに冷静っていうのは奴の自称だ。本当に冷静なやつが、毎回毎回、売り言葉を買うわけはないからな。
「そうやなー、早う向かった方がええな。グリーン、車回してくれ」
 馬鹿その三、お調子者も同意。こいつは基本的に、女子に関すること以外は賛成してくる。
 俺はパーカのポケットを探る。硬い金属に指先が触れた。
 ……ああ、何を好き好んでこいつらを俺の愛車に乗せなければいけないのか。
「マスター、行ってきます!」
「ええ、行ってらっしゃい」
 俺を先頭に喫茶店を出る。隣に紅一点が寄ってきた。
「グリーンって本当に癒し系だよね。グリーンの一言で、さっきまでの喧嘩が収まっちゃうんだもん」
 勝手に言ってくれ。俺は知り合って一ヶ月のこいつらが、なぜこうも仲睦まじげに喧嘩できるのかが不思議でならない。
 喫茶店の裏に止めていた車に乗り込む。運転席に俺、助手席に熱血リーダーレッド、後部席右側に冷静ブルー、真ん中に紅一点ピンク、左側にお調子者イエロー。
 カーナビを設定して駅前までの最短ルートを表示させる。
 そもそもこの車のガソリン代、経費で落ちるんだろうな。
「よし! 今日も悪を倒してこの町に平和を取り戻そう!」
 助手席でレッドが声をあげる。
「おう」
「これ終わったらお好み焼きでも食べに行こか」
「お好み焼き! 楽しみだね」
 盛り上がる四人。
 勘弁してくれ、俺は帰るぞ。家に帰って癒されるんだ。
「行くぞ、ハイレンジャー!」
 歓声のあがる中に車を発進させて、俺は本日何度目かのため息を吐いた。


「一から十のお題」(提供元:追憶の苑さま)


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