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白ヤギさんと黒ヤギさんの現代事情。



 携帯の画面で、手紙を咥えた鳥が羽ばたいていった。メールが送信されました、現れた一文を見届けて、私は携帯を畳む。
 その途端、息をつく間もなく、携帯が手の中で震えた。
「うわっ」
 これでもバイブのレベルを一番低いものに設定しているのだが、私にとっては十分に大きい。携帯電話を持ち運ぶようになってからかれこれ半年以上経つが、今だに慣れることが出来なかった。
 携帯を開くと、今度は画面で三羽の鳥が歌っている。メールを受信したのかと思えば、着信とあった。電話である。
「もしもし」
「あっ白ちゃん!? お早う、今さ、丁度俺が携帯開いたその瞬間に、白ちゃんからメール届いてさ……凄いと思わない? 俺運命感じたもん」
 朝からうざったいテンションで電話をかけてきたこの男は、私のクラスメイトの黒谷である。先程、私がメールを送信した相手だ。
「お前は携帯依存症だから六十秒に一回は携帯を確認してるだろうが。それと白ちゃんは止めろ、気持ち悪い」
「携帯依存症じゃないよ、携帯ないと生きてはいけないけどさー」
「そういうのを依存症と言うんだ」
 いつものように冷たくあしらう。黒谷は迂闊に褒めたりすると簡単に調子に乗るから、冷た過ぎる位で丁度良い。
「でも昔の白ちゃんみたいに、携帯持ってるのに電話もメールも出来ない、よりいいでしょ?」
 すると、からかうような口調でそう返された。そう口にする、黒谷の顔まで目に浮かぶ。何を考えているのか分からない、何も考えていないようにも思わせる、掴み所のない顔で笑っているのだ。
 そしてそう言われると、私には返す言葉がなくなる。電話の仕方も、メールの開き方送り方も、さらには絵文字の使い方まで(滅多に使わないが)、私に教えてくれたのはこの黒谷なのである。それまで私の携帯は、第一志望の高校に合格したお祝いに親が買ってくれたものの使い方がいまいち分からなかったために、一年間も家に放置されていた。携帯電話というのは、使ってみると確かに便利だ。離れている人と連絡を取り合ったり、腕時計を身につける習慣のない私には時計代わりにもなる。
 黒谷には大きな借りがある、とそう思う。私はその恩を、今だ黒谷に返せていない。
「それで、黒谷」
「うん? なあに白ちゃん」
「白ちゃんは止めろと何度も言っている……せめて真白と呼べ」
「そんな、俺のこと黒ちゃんって呼んでもいいからさあ」
「なお気持ち悪いわ……」
 咳ばらいを一つして、私は話を本題に戻す。
「返事は?」
「返事?」
「だから、メールの」
 携帯の向こうから、あー…という、困っているような呻いているような声が届いた。そういえば携帯電話には、家庭用の固定電話と違って声を通す穴がないが、声はどこから相手に送られているのだろう。
「白ちゃんからメール来たことが嬉しすぎて、中身確認するの忘れてた……」
 こいつは、普段の言動がかなり馬鹿で、だけどテストの点数は良くて学年でも常に上位の方にいるから、実は頭が良いのかと疑ったこともあったが……やっぱり馬鹿だ。なかなかに救いようがない。
「そうか、じゃあな」
 私はそう言って携帯を耳元から離した。
「待って白ちゃん! メール見たらまた電話かけ直すから、ちょっと待ってて!」
 電話口からがたがたと音が聞こえる。相当焦っているらしい。
「いやいい、そんな大した用じゃなかったから」
 だからメールで伝えたのだ。 自分でも無情すぎるかと思ったが、別れの言葉とともに電話を切って、ついでに携帯の電源も切った。その携帯を、傍らのベッドへと放り投げる。
 今頃、黒谷は私の送ったメールを確認しているのだろう。
 ああ、何でこんな自分らしくないことをしたのか。映画に誘うなんて、ましてやメールでなんて、そこら辺の女子校生みたいなことを。……もう二度と、しない。
 そう決めて、私は机に向かった。心なしか顔が熱いのは、きっと、高過ぎる黒谷のテンションに当てられたせいだろう。


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