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 空いている席に座ったり挨拶程度に言葉を交わしたりなど、ユーレカは何人もの人と接触していった。彼らはギルドの管理人が振舞うグラスを手に談笑している。その光景は一見酒場のそれと何ら変わらぬものだ。しかしその裏で行われているのは仲間内での情報交換であり、どこまでを教えどこまでを秘とすべきかを常に意識する駆け引きである。その名の通り情報を売り買いする情報屋にとって、商品を明かす機を計ることは大切だ。
 積極的に手の内を明かし、有益な情報をより多く得ようとする者もいる。情報の共有者が増えることでその情報一つの値段は落ちるが、多面的に見ることで最終的に情報の質を上げようとするのである。また、対照的に知りえた情報をひた隠しにする者もいる。ただ重要な情報を握っているということだけを仄めかし、噂によってあたかも競りのようにその値を上げていく。こちらは情報を渡す相手をも値踏みするのである。
 情報屋としてやっているユーレカはどちらかというと前者のタイプだった。情報という目に見えない物をお金と交換している以上、その商品にはある程度の信頼性が必要だというのが彼女の考えであり、それに基づいて今までも取引を繰り返してきた。何ら特別なことをしているつもりは自身にはなかったが、ギルドの管理人から見れば一番信頼のおける情報屋、となるらしい。評価というものはつくづく自身からのものと他人からのそれとは異なるものだと、妙な感慨を伴ってユーレカは思った。
「昨日の夕方に来た客? 覚えてねぇなあ。セネシオ=Aあんたはどうだ」
「あたしは覚えてるわよ。陽も沈まないうちから飲んだりなんかしてないもの。ええと、その男……歳は四十代位で、賢そうな顔してたわ。茶髪でそんなに背は高くない」
「はぁ、そんなのいちいちよく覚えてんな。自分の客でもないってのに」
「セネは人間観察が趣味の変な女だからな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。あんたたち、そう言うけどあたしの人間観察に何度助けられたと思ってるの?」
 女性の強気な声に笑いが起こり、ユーレカもつられるようにして笑んだ。ギルドに所狭しと並ぶテーブルの一角、こんな時間から既に酒が顔を見せている場でのことである。テーブルは老若男女様々な人間に囲まれており、彼らは互いに顔なじみらしく会話も弾んでいた。ユーレカが中に入り、一言話題を振るだけで勝手に流れていく。その流れ方もぞんざいなものではなく、心地良く感じられるものだった。
「それで、その男について何が知りたいわけ? あたしも遠目に見てただけだから、知ってることもほとんどないけど」
 女性が改めてユーレカに向き直ると、周りも口をつぐんで一斉に注目した。
「いえ、どんな様子だったのかとか、それが聞ければ十分です。今度の依頼人なんですが、内容が会ってみるまで分からなくて」
 ユーレカの言葉に、何人かが目を丸くする。ユーレカがそう思ったように、まず依頼人に会うという方式は珍しい形のようだ。
「会ってみるまで分からないっつうのもまた珍しい話だな……嬢ちゃん気ぃつけろよ」
「そうよ、貴女みたいなふわふわした可愛い子、攫いたいと思われても不思議じゃないわ」
「その前にまずお前の方が危険そうな顔してんじゃねぇか」
 再び声が弾ける。
 彼らは互いに、何も聞かない。出身や住んでいる場所、過去や本名すら無闇に詮索しない。中途半端な情報は身を滅ぼす恐れがあることを知っているからだ。話したい者は話し、周りはそれに耳を傾ける。話したくない、必要性がないと感じたならばそれはそれで構わない。何の装飾もないまっさらな状態でも、テーブルを囲むことはできる。ユーレカはこのギルドに流れている、そんな空気が好きだった。
「それじゃあ、これで。色々ありがとうございましたです」
 時計の短針がカチリと音を鳴らした頃、ユーレカは立ち上がり軽く頭を下げた。
「おう、またな」
「何か良い情報手に入れたら教えてくれよ」
 周りも気さくに応じ、和やかな雰囲気に後ろ髪を引かれつつ、ユーレカはギルドを出る。階段を上り扉を開け、装飾の乏しいその扉を閉める。するとそこはただの街の裏路裏の一角であり、少し大通りから中に入ればどこにでも見られそうな場所に変貌する。少なくともこのギルドの場所を突き止められる人間でなければ、情報を提供するのはお断りということだった。
「……さて、少し寄り道して戻ることにするですか」
 小さく呟いて、ユーレカはより陽の入る方へと向かう。そこら中に散らばる木箱と散乱したごみを軽快に避け、大通りへと進んでいった。


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