back - top - next
1 2 3 4 5 6 7




 改めて卓上の世界地図を覗き込む。赤いインクで囲まれた地名とそこに添えられた紙を今度はしっかりと見てとることができた。誰の筆跡だろうか、数行にわたり書き込みがなされている。「四月中旬、セザン、地震と津波」。先日ユーレカが新聞を手に教えてくれた話だ。他の紙も同様に「三月、ファーメイ王国、一月にわたる水不足」など月日と場所が載っていた。最後の項目はどうやらそこで起きた自然災害であるらしい。
「カーライルたちは、何を調べて……?」
 どう思う、と問われた言葉の真意が掴めずアークは呟く。そこでカーライルは一瞬きょとんとした表情で瞼を開閉させた。
「ああ、アークには話したことがなかったかもしれないね。私の職業は歴史家。この国の歴史を文書にまとめて後に遺せるようにする仕事をしている。そして、この四人は私の助手だよ」
 カーライルはファス、シュウ、ソレイユ、ユーレカを示す。四人はそれぞれに頷いてみせた。お互い顔の知れた仲ではあるが、アークも浅い会釈を返す。
 職業が歴史家とは、カーライルは一体どうやってその職業に就いたのだろう。疑問とともに、今まで「鈴蘭の音色」に泊まりにきていたのは例えば調査で他国に行くためだったのだろういう推測にも辿りつく。助手までいるのだから、もしかしたら国家付きであるのかもしれない。慣れ親しんだ宿泊客の新たな一面に内心驚きつつ、その場に合わせて詮索はしない。アークは目線を地図に戻して質問を重ねた。
「でもこの災害は確かに歴史書に遺さなきゃいけないものではあるかもしれないけど、この国と直接関係はない、よね」
 アークが物心着いてから、これといった自然災害がこのフィリア国で起きた記憶はない。内陸にあり海には接していないこの国は海の幸という恩恵を得られない代わりに水にまつわる被害がほとんどない。地震なども弱いものが時折起こる程度だ。
「そう。だからこれは私が勝手に調べていることに過ぎないんだ。……アーク、災害が起きた場所を古い順に繋いでごらん」
 カーライルに言われるままに、アークは地図上の紙をさらっていく。記された日付が一番古いものは一年前のちょうどこの季節、ミルウィードという丘陵地帯で起きたものだった。そこを指差し、次のものをなぞって月日を辿っていく。五つほど追ったところで、アークは思わず目を見開いた。
「これ……」
 繋いだ点が楕円を描くようになっている。始点と終点はまだ繋がってこそいないものの、それも筆で丸を描こうとして最後が掠れてしまったかのような程度のものだった。
「……何でこんな形に」
 人の力及ばぬ災害が、何故こうも奇麗な形になるものなのか。
「聡いね。オレなんか答え聞くまで分かんなかった」
 シュウが渇いた笑いを漏らした。遠回しに話し聞き手に推測させるカーライルの話し方の癖を暗に言っているのだろう。ソレイユも口を開く。
「規模も次第に大きくなってきているのよ」
 そう言って、右手の先で目に見えない楕円をすっとなぞる。
「それに伴って被害も、ですね」
 ユーレカが目を伏せたまま補足する。ファスは喋らなかった。ただテーブルの上に広げられた地図に目を注いだまま、無言の肯定を示す。
 アークはテーブルを囲む五人の顔を順に見た。誰もが真剣な表情をしていた。カウンターで向かい合うティアナと客の一人の談笑を遠く感じる。
 自然災害は自然が引き起こすもので、どうしようもないから災害と呼ぶのだ。どれだけ被害が大きくても、人間は空や海を憎むことはできない。それらが時折怒りの矛先を自分たちに向けることはあっても、普段はその懐に守ってくれている存在だと知っているからだ。だから人は自然と上手く付き合っていけるよう衣食住を工夫し、被害を被った時には助け合ってきた。「災害」は避けようのない、仕方のないものであるから。それが、カーライルたちの口調だと、
「アーク」
 カーライルの声が静かにアークの肩を叩いた。
「そんな深刻に考えなくても大丈夫だよ。人間の存続に関わるようなことを、そんなに無遠慮に口にしたりはしない」
「……うん」
 アークは息を吐く。同時に、いつの間にか握りしめていた拳を開く。それもそうだ、いくら顔馴染みとは言え、ただの宿の子どもにまでこんな話を教えていたらあっという間に騒動が起きてしまう。一人で先走ってしまっていたようだった。
 冷静さを取り戻したアークを見、カーライルは穏やかに微笑んだ。
「それでも、この災害の起きているのには何らかの意図が働いているんじゃあないかと、私は調べているんだ」



inserted by FC2 system