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「ちょっと待ってろよ」
 シュウはミリタリーフォークを地面に置いた。そこでふと、何かを思い出したように目線を上げる。
「あー…今の約束さ、三人に増やすことって出来たりしない? いや、出来なかったら出来なかったでいいんだけどさ」
 どうやら誰かのことを忘れていたらしい。目を泳がせるシュウに、アークはくすりと笑みを漏らした。
「大丈夫です、僕、普段叔母と同じ位、時々それ以上働いてるんで、それくらいは」
 大雑把な性格も相まってか、ティアナはお金に関しては非常におおらかだ。金銭面は、寧ろアークの方が細かいほどである。アークが頼み込み、その後しっかりと働けば、三人分の宿泊費を免除するくらいは許しが出るはずだ。
「やり! すごい得した気分なんだけど、縄を解くくらいで本当にいいのか?」
 シュウは顔を輝かせた。アークを心配するように言ったものの、撤回されても困ると思ったのか、それ以上は追及しない。 嬉しそうな顔のまま、シュウはアークの後ろ手に回った。服のポケットに手を入れ、しばらく探って何かを取り出す。彼は縄を掴み、しばらくの間黙っていた。
「よし、切れた」
 シュウの朗らかな声とともに、縄の切れる音がした。アークはすぐさま両手を体の前に出す。手首に纏わり付いていた縄は放り投げた。そして左足に体重をかけないよう、注意しながら立ち上がった。
 深く息を吐く。滞っていた血流が正常に戻り、酸素が全身に巡り始めた感じがする。数時間同じ体勢でいたせいで体が強張っている。それでも、胸は開放感で満たされていた。
「ありがとうございます!」
 今度はアークの方からシュウの目線に合わせる。
「タメでいいよ、そんな歳変わんないだろ。オレはシュウ、あんたは?」
 シュウは手にしていたアーミーナイフ(武器と言うよりは、缶切りやハサミなど様々な工具の合わさった小さな道具である)を折り曲げ、仕舞い込んだ。
「ありがとう。僕はアーク」
 二回目の礼を述べて、アークは空を見上げた。
 少し空が白んできただろうか? 夜明けが近づいているのかもしれない。それとも、暗さにアークの目が慣れて、辺りをより見てとることができるようになっただけだろうか。
 シュウにやられた盗賊二人は、いつの間にやら動かなくなってしまっていた。背中が僅かに上下しているので、死んでしまっているなどということはない。地面に横になっているうちに、気絶してしまったか、あるいは眠ってしまったようだ。どちらにせよ抜けているように思える。
 盗賊は全部で四人いるはずで、目の前には二人。自分達の近くにまだ二人いる。彼らはいつまでも戻らない仲間に痺れを切らし、様子を見に来るかもしれない。始めに盗み聞いた盗賊達の会話を思い返す。ひどく厳しい声音の男がいたから、それもありえないことではなさそうだ。
 それをシュウに伝えようと、アークは口を開く。しかしシュウに先陣を切られた。
「ファス! ユーレカ! その辺にいるんだろ、出てこいよ!」
 シュウはアークに背中を向け、茂みの方へと声を張り上げた。
 シュウとアークの背後、声をかけた方角とは全く別の場所で茂みが揺れた。低木をかきわけて二つの影が現れる。
 一人は男、一人は少女だった。前を行くのは屈強そうな男である。肌が浅黒く、肩幅が広い。腰からは大刀を提げていて、それを振り回すのに十二分な力を持っていそうだ。そしてその男の後ろに隠れていたのは少女だった。髪はくせ毛であるようでブロンドの髪が波打ち、肩口で広がっている。実際はアークよりも年上なのかもしれないが、童顔なのかかなり幼く見える。服装も含めて全体的にふわふわとして、綿毛のようだ。綿毛のようにどこかに飛んでいってしまいそうでもあった。
 二人はシュウとアークを目指して一直線に向かって来ていた。その歩みはゆっくりで、急ぐ様子はない。二人とも背中に大きな鞄を背中に背負っており、さらに先を行く男は左腕にもう一つ同じ鞄を手にしていた。表情が読み取れるほど近付いた辺りで、先に少女が口を開いた。
「シュウ、遅いですよー。何やらやっているので後ろから見てたですけど」
「いや、道を聞こうとしたらこいつらがいきなり飛びかかってきてさ……相手にしてたら時間食ったんだよ」
 シュウは顎で、倒れている盗賊達を指し示す。
「似たような人達なら、レカ達も会ったですよ? 攻撃してきたのでファスが倒して、縄で縛ってきたですけど」
 少女は確認をとるように男を見た。男は黙ったまま首を縦に振る。
「問いただしたら彼らは盗賊さんだということで。まあ、村に着いたら駐在さんにでも伝えればいいんじゃないでしょうか」
「そうだなあ、じゃあこいつらも逃げられないようにしとくか」
 シュウは軽くそう言って、男にファス、縄とか持ってる? と尋ねた。男は腕だけを背中に回し、背負っていた鞄から縄を出した。シュウは受け取り、束ねられていたそれをくるくると解く。
 アークはそんな三人を、目の前にいながらにして遠くに感じていた。彼らの会話は耳には入ってくるものの、他のことが頭を占める。盗賊は全て彼らによって捕らえられて、今は身動きがとれない。警官に捕らえられ、法の下で裁かれれば、もう村を襲撃することなどできない。村は安全であり、盗賊を警戒することなどもう必要ない。非日常は終わりだ。
「良かった……」
 力が抜け、思わず声に出していた。男と少女が改めてアークを見る。そこでシュウが、はたと気がついたように言う。
「ごめんごめん。アーク、この二人はオレの仲間で、ファスとユーレカ」
 ファスという言葉に男が頷き、ユーレカという言葉に少女がふわりと笑った。
「で、こっちがアーク。さっき知り合ったんだけど、この森を抜けたところの宿がアークの家なんだってさ」
 アークは頭を下げ、下げたまま、
「三人とも、ありがとうございました……!」
 初めましてという挨拶もそこそこに、絞り出すように言った。
「ありがとうって、礼を言うのはオレ達の方だろ? ただで泊まらせてくれるっていうんだから」
 背中に声が落ちてきて、顔を上げるとシュウが笑っていた。それにつられるようにしてアークも笑った。


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