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 シュウがその手に取ったのは、彼の身長を優に越える長さの武器だった。棒の先端は二つに分かれ、それぞれに平たい刃が付けられている。刃は綺麗な二等辺三角形をしており、槍のような、農具のような武器だった。柄の部分には肩にかけて背負えるように金具が二つ付いていて、さらにそこから革紐と繋がっている。その金具を外し、革紐を地に落として、シュウはそれを構えた。二つの切っ先が若い男を狙う。
 若い男は自分に向けられた刃に一瞬怯んだようだったが、速度を落とさないままに突っ込んでいった。矛や槍といった長さのある武器は、どうしても一度切りかかった後、二度目の攻撃に入るのに時間がかかる。ならば始めの攻撃をかわし、相手の懐に入ってしまえば、あっという間に決着は着くだろう――若い男が、そこまで考えていたのかは分からない。しかし、兎にも角にも、突如現れたこの男をどうにかしなければならないとは感じていた。
 若い男は、真っすぐ出されるであろう刃の軌道を予測し、横へ身を翻した。言葉にならない咆哮とともに、両腕を振り上げる。
「この武器さあ」
 シュウは両手で柄の中央を掴み、一歩踏み出した。突如狭まった間合いに男が戸惑ったのを見てとり、落ち着きを取り戻される前に、柄を回し、百八十度回転させる。武器の石突が男に向かい、鳩尾を突いた。
「……が、はっ」
 若い男はくの字型に、内側に折れる。そのまま尻餅を付くように倒れ込み、激しくむせた。
「ミリタリーフォークって言うんだけど、もしかしてこういうのと戦るの初めて?」
 先程言いかけた言葉を引き取って、シュウはその武器、ミリタリーフォークを右肩にもたせ掛けた。
 若い男の失態を見て、もう一人の盗賊は歩みを弱めた。迂闊にシュウのもとへと近付くと、簡単にやられてしまうと踏んだのだろう。しかし一所に留まることはせず、そのままじりじりと、前進するのか後退するのか曖昧な姿勢を見せる。
「……あーもう、そっちが来ないなら、こっちから行くしかねぇじゃん」
 シュウはいかにも面倒臭そうにぼやく。その台詞に、中年の男はあからさまに警戒心を強めた。ナイフを体の前に、それがまるで盾であるかのように構える。
「お前がこちらを目撃していたかどうかは定かではないが……かなり腕が立つようだな。ここは素通りさせるべきだったか……」
 中年の男は苦虫を噛み潰したような表情で、地に伏したままの若い男をちらりと見遣る。若い男は苦しげに呻いたきり、戦線に復帰してくる気配はない。いくら若い男が盗賊内で経験も浅く、剣術に不得手だと言っても、それは中年の男に何の安心感ももたらさなかった。シュウと名乗った目の前の青年は、自分達以上にこういった場に慣れているように見えた。緊張して力の入っているようには、全く感じられない。激しい運動をしたつもりはなかったが、いつの間にか額を汗が伝っていた。
「先に突っ掛かってきたのはそっちだ、文句言うなよな!」
 先程とは逆に、今度はシュウが声を張り上げた。ミリタリーフォークを右手に掴み、姿勢を低くして走り出す。彼は軽々と跳ねるように進み、躊躇なく、ミリタリーフォークの切っ先が男に届く範囲まで踏み込んだ。足を運びながら、武器を両手で持ち直す。上半身を右に捻り、戻しながら、更に力を加える。
「なっ……」
 空気を切ったミリタリーフォークは、迎え撃とうとした男のナイフを弾き飛ばした。さらに遠心力のおかげか、勢いが削がれることはなく、その柄を男の胴に食い込ませる。結果薙ぎ倒したような形になって、中年の男は横に傾いた。数拍後、ざざ、と地面で擦れる音が響く。
「うわ。痛そう」
 あたかも自分は何も関わっていなかったかのような調子でそう呟いて、シュウはミリタリーフォークを再び自分の肩に預けた。そのまま猫のように体を反らす。
 そんなシュウを、それこそ事態を傍観していたアークは見つめる。シュウはもう決着したと思っているのか、盗賊の方を見向きもしない。不本意ながら地面と向かい合うことになった盗賊二人は、致命傷こそ負っていないものの、シュウとの実力の差に、攻撃を仕掛けることの無意味さを痛感したようだった。二人が再びシュウに挑む様子はない。
 夜の暗さの中、シュウはアークに気がついてはいないようだった。シュウとアークの年齢は、そう離れてはいないように見えた。多く見積もっても三つ四つ、シュウの方が上である程度だろう。その言動からも若さが垣間見える。しかし、今のような、戦闘事態への対応に妙に慣れていた。面倒臭がる素振りを見せながら、自分がやられる前にしっかり一撃を食らわせている。言葉とは裏腹に好戦的だ。
 シュウは敵だろうか、味方だろうか。
 アークはただひたすらに思考を巡らせる。考えでもしていないと、痛みを意識してしまうからでもあった。
 アークの左足の傷は休むことなく、痛みをもって存在を主張していた。幸い出血は酷くはなく、血は服に滲む程度である。それでも傷口の痛みは引かない。仮に拘束されている両手が自由になり、この場から離れられるようになったとしても、走って逃げることは難しそうだった。
「ん……? 何だ、もう一人いたのか」
 ようやく伸びを終えたシュウが、アークを捉らえた。ゆったりとした調子でアークのもとへと近付く。そしてしゃがみ込み、アークの顔を覗き込んだ。警戒心は全くないようだ。
「あんた、さっきの質問聞いてた? この森の向こうの村に宿があるって聞いたんだけどさ、それってどこにあるか知ってる? オレ達の持ってる地図だと大雑把すぎて乗ってなくてさあ」
「『鈴蘭の音色』なら森を抜けてすぐです」
 考える間もなく、アークは答えていた。あまりにも速い回答に驚いたのか、シュウは目を瞬たたかせる。
「ははっ、何だ、最初からあんたに聞けば良かったよ!」
 体を起こし、シュウは笑った。アークが木に固定されていることには気がついていないのだろう。アークを盗賊の一人と勘違いしているのか、先程の二人と比較しても物分かりが良すぎることに、驚き、おかしく思っているようだった。
「良かった良かった、これでファスとユーレカに睨まれなくて済む。あの地図で十分だって言ったのオレだからなあ。助かったよ」
 そう言って、シュウは踵を返した。
「……あの、ただで!」
 が、アークが突然出した大声に、怪訝そうに振り返る。
「さっき言った『鈴蘭の音色』、僕の叔母が経営してるんです――助けてくれたら、貴方の宿泊費をただにするよう叔母にかけあいます。この縄解いてくれませんか!?」
 思いつくままに、アークは言葉を口にした。シュウが行ってしまったら、あとは盗賊しか残らない。盗賊は、シュウに二人やられこそしたものの、もう二人は無傷でいるはずである。このままでは、村は予定通りに襲われるだろうし、アークは縄に繋がれたままだ。事態は何も進展していない。時間だけは几帳面に過ぎて、恐れる方向へと近づいて行っている。
「縄?」
 シュウは首を傾けた。
「ああ、本当だ……あんた捕ってたのか。さっきの奴らの仲間かと思ったよ。それにしては真面目そうだなとか思ったけどさ。……まあ一歩間違えば、オレもそうなってたんだろうな」
 よく見たら足怪我してるじゃねえか、それ痛そうだな。シュウは顔を歪め、
「分かった。それだけでいいなら助けるよ」
 アークに向かって歯を見せた。
 アークも表情を緩める。森に入ってから久しぶりに、張り詰めていた気を抜いた感じがした。


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