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「こうやって盗賊の二人が、僕を構いに来ているということは、村が襲われることは当分ないはずだ――」
 アークは、諍いを広げる二人の男を眺めつつ思案する。
 盗賊はいるとしても四人、五人だ。その半数近くが欠けた状態で、村一つを襲おうとはしないだろう。五人であっても、盗賊という組織には少なく感じられるのだから。
 村が無事であるという推測は、アークを落ち着かせておくのに役立っていた。しかし、その推測が成り立つ代わりに、アーク自身には命の危険が迫っている。それも事実だった。目の前の若い男は勿論、中年の男からも、張り詰めた弦のような危うさが感じられる。弦が切れたら、何をしでかすか分からなかった。
 それでも、それでもなお、アークは冷静だった。冷静である自分を自覚していた。盗賊から逃げる際にらしくもなく取り乱したからか、その反動で今は落ち着いていられるのか。
 死ぬことが怖くないわけではなかったし、まさか殺されないだろうと高を括っていたわけでもない。
「村が、ティアナ姉さんが無事だって分かったから、安心したのかな……」
 そう理由付けて、アークは首を横に向ける。木に回された両手を見ることは叶わなかった。
 落ち着いているのは、村が無事だから、ということもあるけれど。――あるいは、もう自分の周りに「文字」が浮かんでいないから、かもしれなかった。
 盗賊から逃げている最中に現れたあの文字は、アークが意識を失うと同時に消えた。逆を言うならば、文字が現れたからアークは意識を失ったのだ。
 やや自嘲気味に、アークは表情を崩す。
 それを、若い男に見咎められた。
「お前何、余裕振り撒いちゃってんの? ちょっと痛い目見ないと分からねぇかよ」
 今回ばかりは中年の男も反論しなかった。中年の男は、腰に差してあった剣を、鞘ごと外して若い男に渡した。
 その刃渡りは中年の男の片腕ほどで、一切の装飾のない細身の剣だった。これと同じ剣を、アークは目にしたことがある。刀鍛冶見習いが練習に作るような、名前すらない量産品だ。
「殺すな。出血多量で死ぬような箇所も避けろ」
 若い男は年長者からの助言ににやりと笑って、剣を鞘から引き抜いた。アークが想像していたような、すらりと、刃が空気を研ぐような音はしなかった。
「分かってるさ! お前は大事な人質らしいからなぁ、生かさず殺さずおいといてやるよ!」
 若い男は剣を振りかぶり、両腕でもって垂直に立てた。その勢いのまま、アークの右腿辺りを狙う。
「……っ」
 やばい。さすがにアークはそう思った。木に固定されているから、逃げ場がない。ぎゅっと目をつむり、無意識のうちに歯を食いしばる。
 これと同じ光景を、以前にも見たことがある。不意にそんな感覚が首をもたげた。その時、アークはやられる立場には、いなかったけれど。剣を振りかぶる男と、どうやっても逃げられない相手――強い既視感を覚える。いつだっただろう――。
 ひゅっと、降りてくる刀身を意識する。
 脳裏で一羽の蝶が、鮮やかな青色をたなびかせながら、羽ばたいた。
「今晩はー、ちょっと道を聞きたいんだけどさあ」
 場違いな声が、蝶を残像も残さず掻き消した。アークは思わず目を開ける。
 と、その瞬間、剣の切っ先が足に刺さった。
「…………!!」
 声も出せず、アークはその衝撃に身を震わせる。
「失敗した、これじゃあ浅すぎる……誰だよお前」
 若い男はあからさまに舌打ちをして、剣を抜きとった。傷口は本当に浅いらしく、剣はすぐに抜けた。その部分がひりひりと、焼けたように痛む。擦り傷の痛みなど比ではなかった。
 若い男は、新たに現れた人物を見遣る。
「いや、そんな怪しいもんじゃないって。オレはシュウ、通りすがりの旅人だよ。で、ちょっと教えてほしいんだけどさ、この森を抜けたところにある、」
 アークよりもやや年上、盗賊の若い男よりは年下に見える、青年だった。ハシバミ色の短髪に、暗さでよく分からないが、澄んだ色の目をしている。シュウと名乗ったその青年は、彼自身言うとおり旅装をしていて、羽織っている上着や靴からも旅慣れた印象が感じられた。彼は背中に何やら、異様に長いものを背負っていた。
「こんなとこまでやってきて、何のつもりだって聞いてんだよ!」
 盗賊の若い男は、シュウの台詞を遮って吠えた。中年の男の方も、懐から取り出したナイフの、刀身に巻き付けた布を解いている。
「……全く今日は、目撃者の多い日だ。万が一でもあの村の関係者がいたら困る。出会い頭で悪いがやらせてもらうぞ」
 ナイフから布がはらりと落ち、それを皮切りにするかのように、二人の盗賊は走り出した。
「血の気多くて困るなあ、ほんと」
 シュウはあくまで悠長に、右腕を背中へと伸ばした。


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